パソコンと古文書解読

第25話 「誤字を読む」

 

古文書のサークルで、そのメンバーを観察すると、読めない字に当ったときの態度に、「文字派」と「意味派」の2派があることがわかります。

文字派」は、文字にこだわって古文書を読もうとします。この字は「糸偏」だから……とか、この字の「くずし」方は……とか、「くずし字辞典」を活用して、まずその1文字を正しく読もうとします。自分でも「くずし字」の書ける人に、「文字派」が多いように思われます。

意味派」は、意味を読取ることに主眼を置きます。1文字ぐらい読めなくても、前後の続き具合・用語を考え、言いまわしや文書全体からみて、「この字かな?」と候補を考えます。そのため『広辞苑』が活躍します。

字が読めないのなら意味を取ることも出来ず、また逆に、意味を知るために文字を読むのだから、「文字派」「意味派」の区別は無意味である……という意見は正しいかもしれませんが、でも現実に「癖」として2派があります。私は、字が書けませんので、「意味派」です。

次の資料があります。

売用仕入方必用ニ付、正金銀買入候義素り之事ニ候得共、是迄ハ相場高下ニ利徳ヲ心掛、銘々家職をも差置、思同商買いたし候者も有之趣相聞、是等ハ不風俗之至、且世上融通之妨ケ相成候事ニ付、以来決致間敷候事

問題は「思同(右図)の2文字です。誰が見ても「思同」にしか読めません。「文字派」の人は、「思?」と頭を捻って「くずし字辞典」を最後のページまで捜します。見つからなければ「万事休す」です。

「意味派」は文意を読取ろうとします。

商売の仕入に必要なために、正金銀(現金)を買い入れるのは当然のことであるが、これまでは金銀相場の変動による利得を期待し、銘々の家職をもそっちのけにして、「思同商買」をする者があると聞くが、……以後は決してしてはいけない。

バブル経済全盛の時、本職の生産による利潤より、株の売買で大儲けをした(大損した)資本家を思い出します。あの連中も「思同商買」をしたのでしょうか。
はっきり「思同」と読み取れるだけに、頭が動きません。『広辞苑』から「思同」を全文検索しても見つかりません。見出し語の中から【思…】を全文検索から調べると、265例ほどありますが、これほどあるといちいち検討する気がしません。「マイデータベース」で「思同」をGrep検索をしても見つかりません。

「意味派」は文字そのものに固執しません。これだけ調べて「思同」が見つからないのは、筆者が誤字を書いているのではなかろうか……と考えます。(「文字派」は与えられた文字が絶対ですから、誤字だろうか?と思ったりはしないのでしょう)。私はよく誤字を書いて指摘されます。「大先生」でも誤字を書いていることがあります。文の途中を書き落したりもします。活字の場合では、誤読に起因する誤字、また誤植がいくらでもみられます。「大先生」も人間ですから、誤字も書けば、オナラもする。当然のことです。

思同」を誤字ではないかと疑ってかかると、これを使っての検索はできませんが、これに「近い言葉」でGrep検索する方法が残されています。一番近い言葉は思同「商買(商売)」ですが、これではキーワードがありきたりで絞り込むことができません。そこで「??商売」に近い言葉、「利徳ヲ心掛」で「マイデータベース」からGrep検索すると、ありました!

「利徳ヲ心掛、銘々之家業ヲも差置、思曰売買いたし候者」
「利徳ヲ心掛、銘々ノ家業ヲモ差置、思ハク売買イタシ候者」

思同」の形は「思曰」によく似ています。「」は「イハク」ですから、「思曰」は「おもわく(思惑)」と読むのでしょう。『広辞苑』は、

「思わく オモハク(思フのク語法。後世「思惑」の字を当てる) 相場の騰落を見越し、その差金(さきん)を得る目的で売買すること。投機。」

と説明しています。文意にピッタリの内容です。資料を見ると、「思惑」「思曰」ともに多くの使用例があります。この資料の場合、「思曰」と書くところを誤って「思同」としてしまったと思います。これで解決です。

古文書には誤字が沢山出てきます。誤字だと気づかずそのまま読むと、誤った解釈になります。そこで誤字ではあっても、正しく「読む」必要があります。
そのためには、資料中に多くの誤字が存在することを知ることが出発点です。多くの資料を収集したり(「マイデータベース」)、インターネットという「大データベース」を利用することで、「誤字を正しく読む」可能性が広がるのではないかと考えています。

 

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