パソコンと古文書解読

第20話 同じ文字を探す

 

コピー1枚を渡されて、「この字をどう読みますか」と、その場で尋ねられることがあります。余程簡単な文字でない限り、まず読めません。ご当人も「くずし字辞書」とにらめっこして、それでも読めなかった文字でしょうから、容易に読める筈がありません。

『新編古文書入門』(高橋磌一編)には、こう書いてあります。

そのわからない字と同じものが同じ筆者の書いたもののなかにないかどうかを探す。妙にひねくれて癖のある判じもののような字というものは、その筆者がしじゅう書きなれている字の場合が多い。だから他の場所で同じ字をさがすとたいがいはでてくるものだ。

古文書でなくても事情は同じです。履歴書を書くときは丁寧に楷書で書くので、誤読されることはまずありません。ところが、手帳に書いた文字を他人が見たときは、読むのに困るだろうと思います。「自分が読めさえすればいい」と、雑な字を書いています。「しじゅう書きなれている字」は特にそうです。時間が経って読み返してみると、書いた自分でさえ読めないことがあります。これに対して、難しい字は丁寧に書かないと読めないので、そうします。

これを逆にいうと、「読めない字」は、たびたび、その字が使われている「なんでもない」文字なので、同じ形の文字を探し出して、比較検討すると読めるようになる、という結論になります。
(読めない文字はたびたび見かけるので、すぐ読めるようになる、とは嬉しいですね)。

文字の比較には、トレーシングペーパーが使えます。Bの鉛筆でトレーシングペーパーにその文字をなぞり、比べます。パソコンならもっと簡単です。該当のくずし字(PDF)を範囲指定、スナップショットで取込み、相手の文字の近くに貼付けます。並べられるので細かく比較できます。別のページに移動して何回でも貼付けることもできます。「くずし字用例辞典」でも同様です。

右の資料は書簡の写です。虫喰もあり、コピーを重ねたものですからカスレもあり、何ヶ所か読み難いところがあります。一応、次のように読みました。読み難いところはで表しています。

態得御意申候、先以余寒甚御座候処、弥御壮全被成御座候半□□□候、然、去暮紙面を以御駈合申進候当村百姓元七持馬、其御村勘四郎方へ□中牽取候一件、嘸御約合御□□様子被仰聞可被下丁度相待居申候之所、今以何たる儀も不被仰聞、如何之趣ニ御座候哉、元七方度々私共手元へ尋出申間、乍御多用、早々様子御□□御聞せ被下度奉期上候、先右得御意度、如此ニ御座候、以上

書簡文ですから、一定の書式があります。書出しは「態(わざわざ)御意を得申し候」とあります。「御意を得る」とは、「お考えをうけたまわる。お目にかかる。」『広辞苑』の意味です。

「先ず以て、余寒甚はだしく御座候処、弥(いよいよ)御壮全御座なされ候わんと□□□候」と、時候の挨拶が続きます。「候=候わんと」は、宛字の最たるものです。問題の□□□候ですが、文意からして「お喜び申上げます」の意味の言葉が続く筈です。「奉大賀候」「珎重奉存候」「めでたく候」等の文例があります。虫も入っており、読めません。同じ文書内に同じ言回しがあるか調べたところ、「被成御勤役候半奉珎重候(下図左)がありました。トレーシングペーパーに鉛筆で写し取り、問題の文字(下図右)と比べました。「奉珎重候」と読んで、ほぼ間違いないと思います。

「然者(しからば)」から用件に入ります。「当村の百姓元七の持馬が、貴村の勘四郎方へ□中牽き取られた事件」があったようです。馬を盗みとるには夜中に限ります。「くずし字辞典」の「夜」と見比べても、似ているような、似ていないような……。それでも、「夜」と見当をつけて、検索すると、「五月廿四日御触、同夜上安村へ送ル」の文章があり、同じ字体をここでは「夜」と読んでいます。「くずし字辞典」には典型的なくずし字だけが載せてあるので、「妙にひねくれて癖のある判じもののような字」は文書中から探す以外にありません。これで「夜中」に極りです。それにしても、同じ字体の文字が、使われる場所によって読めたり、読めなかったりするとは、面白い現象です。

3番目と4番目の御□□は同じ文字です。まず、意味を考えます。「早々、様子御□□御聞かせくだされたく」(早く様子をお知らせください)と頼んでいます。御□□は「様子を聞かせて貰う状態を意味する言葉」が入ります。2字のうち、後の文字は「御□」か、それとも「御□」のようです。結局「御報ニ」に落着きました。他の文書を読んでいて気付きました。

このように悪戦苦闘して古文書を読んでいます。コピー1枚を見せて、その場で「読んでください」というのが、いかに無理な註文かがお分りいただけると思います。

古文書の中で、書簡は最も手強い相手です。文字・内容もさることながら、まず、書式・文体・用語にとまどいます。読む前に手紙に関する基礎知識を頭に入れておく必要があります。

 

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