パソコンと古文書解読

第16話 「パソコン導入物語」

 

5年ほど前、定年退職したとき、友人に勧められてパソコンを始めました。その宣伝文句はこうでした。
「車を購入すると行動範囲が拡がるように、パソコンを導入すると新しいパソコンの世界が開けてきます。古文書の勉強には欠かせない道具です」、と。
その口車に乗せられて、一式20万円をこえる機械を買込み、始めましたが、今では後悔しています。紙と鉛筆と本と、そして考える時間がありさえすれば、パソコンなんかがなくても充分活動できます。もっともメールだけは便利ですが……。

これで「新しい世界」がひらけるならと、大枚をはたいた訳ですが、その後の友人の話によると、「4、5年経つと、旧型になって使い物にならない」そうです。まるで詐欺にかかったような気分でいると、「車が数年?で廃車になるのと同様で、パソコンを一度買ったら一生涯使えると思うのは誤解です」とすました顔で言います。

ときどきパソコンの具合が悪くなります。「私の機械は不良品か?」と心配になり、友人にみてもらいます。すると次のようなジョークを紹介して、誤魔化します。

                「もしマイクロソフトが自動車を作ったら」(一部抄出)
「もし、GMにマイクロソフトのような技術があれば、我が社の自動車の性能は次のようになるだろう。
・特に理由がなくても、2日に1回はクラッシュする。
・高速道路を走行中、ときどき動かなくなることもあるが、これは当然のことであり、淡々とこれをリスタート(再起動)し、運転を続けることになる。」

常識では、このような商品は欠陥商品であり、すぐリコールすべきものだと思いますが、友人は「車はパンクする物で、パソコンは不具合になるものです。パンクするたびに修理屋さんを呼びますか? 自分でタイヤの交換ぐらいはするでしょう。パソコンの小さな不具合は自分で処理すべきです」と、文系の私に向って平然と言います。

私のパソコンにさわって、「この機械は遅い! CPUの交換をすべきです」と言います。私は遅くても一向に構わないのですが、さっさと交換してしまいます。「早くなったでしょう!」と得意げですが、使ってみると、前と変った様子もありません。そういうと、また例え話を持出して(例えの好きな男です)こう言います。「体力が向上したからといっても、散歩でテストしたのでは分りません。100m走で比べれば、20秒が15秒で走れるようになったのが分ります。「一太郎」での仕事は全力を出さなくても充分できる、いわば散歩にあたります。「広辞苑」の全文検索なら時間の短縮を実感できます」。
「古い部品を使っていると、修理の時に困ります。店には旧式の部品は置いてないからです。立ち止ることは許されないのです。4、5年経つと、旧型になって使い物にならないのなら、買換えよりも、パソコンを自作するほうが安上がりです。部品の交換で程々の性能を保つことができます」と言います。

「スキャナで本を読みとり、テキストファイルにすると自分用のデータベースができます。デジカメは古文書の撮影に便利です」と、つぎつぎに出費を強制します。困ったことです。

使い方が分らないとき、息子に聞きます。すぐ解決してくれますが、「親父はこんなこともわからないのか」というような顔をします。これでは“親の権威”は守れないので、もう質問したくありません。
そこで友人に電話で聞きます。「ナ〜ニ、誰でも使えるようになります。解らないことがあったら、いつでも聞いてください」と言っていたのに、「方程式を教えているときに、『2×3はいくらですか?』と質問されるほどがっかりすることはありません。2年経てば2年生になるのが普通なのに……」と嫌みを言います。 
「テレビを買うのとピアノを買うのとでは、意味が違います。テレビはスイッチを入れるとすぐ使えますが、ピアノは買っただけでは弾けません。訓練が必要です。パソコンも勉強がいります」と説教します。「言わせておけば無礼の数々……」とは思いますが、我慢するしかありません。「ヘルプ」を見ても私には助けになりません。マニュアルもカタカナが多くて読む気にもなりません。

その男は、最近はブロードバンドをしきりに勧めます。その言はこうです。
「ダイヤルアップ接続でインターネットを利用するのは、本屋で立読みをするようなものです。パラパラとページをめくって拾い読みができるだけです。電話を何時間も独占するわけにもゆかず、だいいち電話代が気に掛ります。ブロードバンドにすると、常時接続ですから、そんな心配もなく、ゆっくりと捜し、読むことができます。インターネットは巨大な百科辞典で、調べ物をするならこれに限ります」と。

しかし、私は絶対にブロードバンドにしません。メールを送るだけなら、今のダイヤルアップ接続で充分です。もう、絶対に騙されません!

以上の「パソコン導入物語」はフィクションですが、モデルはあります。「友人のある男」は実は私です。「私」は私の友人です。友人の気持になって、この話を書きました。友人の感想のほとんどは私の気持でもあります。それでも、「パソコンの勧め」は続けます。それほど役に立つ機械だからです。

「機械の速さ」について、詳しくお話ししましょう。
ワープロソフトやメールを使うのなら、古い機械でも瞬時に仕事をするので、「待たされる」ことはありません。逆に、人間が機械を待たせています。(機械は、「この人はタイピングが遅くて……」と不平を言いませんが)。
ところが、調べ物をするためにパソコンを使うと、結構待たせます。
広辞苑で「全文検索」をすると時間がかかります。
Grep検索をすると時間がかかります。(データが多くないとデータベースとして役に立ちませんが、多くなると検索に時間をとるようになります)。
インターネットで調べるのも待ち時間にイライラします。
スキャナーで本を読込む作業も待ち時間が長すぎます。

古文書の勉強でパソコンを使うのは、「調べ物をするため」ですから、どうしても時間がかかります。でも、待たされるのはイヤです。「速い機械」でないと困ります。
そこで、CPUを速いものに換えます。ハードディスクもメモリーも、もっと速いものに換えたくなります。ときにはマザーボードの交換も……。そのためには自作でないと対応できません。

 

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