パソコンと古文書解読 |
第12話 役に立つ電子辞書 |
古文書解読で知らない言葉に出くわします。字は読めるので、「意味調べはまた後で……」と考えてはいけません。即座に調べます。なぜなら、意味が分ってこそ正しく読み取ることができるからです。
辞書ならパソコンに任せて下さい。電子辞書では、紙に印刷された普通の辞書とは違う使い方ができます。
その長所は、普通の辞書に比べて、
検索の早さが段違いに早い。だから、面倒がらずに度々引くことができます。
メモしなくても、コピーして作成中の文書に取込むことができます。絵図も同様です。「後方一致検索」が可能です。『広辞苑』で「のみこと」で検索すると62項目が出ます。神様のオンパレードです。『逆引き広辞苑』の働きをします。
「全文検索」ができます。最初のページから最後まで探します。普通の辞書で全文検索をする人はまずありませが、電子辞書では軽々とやってのけます。(全ページを検索するのですこし時間はかかりますが……)。
また、検索窓に複数のキーワードを同時に入力し「 and 」でつなぐと、見出し語・本文の中から、入力した全てのキーワードを含む項目を表示します。(AND検索)
「辞書を見るためにパソコンのスイッチを入れるより、本で調べた方が早い」という人もいます。全くその通りですが、パソコンで仕事中に辞書を見るのなら、電子辞書の勝ちです。
私が使っている電子辞書は、『広辞苑』(第5版、岩波書店)・『学研漢和大字典』(学習研究社)、『岩波 日本史辞典』(岩波書店)、『世界大百科事典』(平凡社)・『広島藩における近世用語の概説』(金岡照編、EBStudioによる自作)などです。これらのCDをハードディスクにコピーして使います。電子辞書検索ソフト「DDwin」を使えば、パソコンで利用できます。素晴しいソフトです。(Unicode非対応)。これらを、「串刺し検索」(各種の辞書を同時に検索)します。
古文書を読むとき『広辞苑』を使うのは、普通その意味等を調べるためです。または、読んだその語句が載せてあるか(そんな語句があるか)を確認するのにも使います。載せてあれば、まず誤読ではないだろうと少しは安心できます。
電子辞書ならそれ以外の使い方ができます。「榾火」の読みが分らないとき、「榾火」(漢字)を入力して、「単語検索」または「全文検索」をすると、「ほたび」と読むことが知れます。
見出し語検索(「単語」)で検索語に漢字が使えない辞書(電子ブック版『広辞苑』など)では、「【」を付けた漢字で全文検索すると、見出し語を「漢字で検索」できます。
古文書に「□部屋」とあって、「□」の字が読めないとき、「部屋】」で全文検索すると31の「…部屋」が出ます。この中から適当なものを探します。
「部屋」の後に「】」を付けたのは、見出し語が「【……】」で括ってあるので、見出し語だけを検索するためです(見出し語・後方一致検索に相当)。
「部屋」だけで全文検索すると300以上の項目が出るので、実用にはなりません。「【検地」を検索すると、「検地…」の見出し語(前方一致検索相当)を探すことができます。
もっとも、見出し語検索(「単語」)で検索語に漢字が使えるものは、「米」をキーワードにして「後方一致」検索すると、簡単に「……米」が出てきます。
人名を探すのに威力を発揮するのは、「AND検索」です。古文書では「阿部伊勢守」と表記はされても、実名はまず書かれません。『岩波
日本史辞典』で「阿部伊勢守」を「単語検索」しても見当りません。そこで「全文検索」に切換え、「阿部
and 伊勢守」(スペース・andともに半角)と入力すると、「阿部正弘」にヒットしました。(阿部正倫・正福・正右・正教・正方、いずれも伊勢守です。辞書のデータ不足。)
「阿部」と漢字をタイピングしているとき、「 and
」を入れるのは面倒です。そこで、「 and
」を単語登録して「読み」を「あんd」(andの積り)にすると便利です。
『広辞苑』も「百科辞典的色彩をも加味した国語中辞典」ですから、色々な知識を得ることができます。「手紙 or 書翰」(スペースとorは半角)のキーワードで「全文検索」をすると、「手紙」や「書翰」に関する項目が集められ、それを編集すると“「手紙」辞典”ができががります。
「単語登録」にも力を発揮します。
「素戔鳴尊」は単語登録をしないと変換できません。そこで、電子辞書で「すさのお」で検索して「素戔鳴尊」を見つけ、これをコピーして「単語登録」に使います。Atokの辞書を『広辞苑』で強化する訳です。
「今昔文字鏡」や「DDwin」(電子辞書)はすぐ使えるようにしておくことが大切です。 ソフトのアイコンのショートカットを作成し、「スタート」ボタンの右側、「クイック起動」にドラッグして置くと、作業中でも起動できます。
もっとも、紙の辞書も捨てたものではないという経験をお話しします。
「九条殿秀君様より拝領」した品物リストの中に、右図の記述がありました。
「一九条殿御自筆□□□□札」までは、簡単に読みとることができました。問題は□の4文字です。文書の前後から同じ文字を探し出して、「ついまち札」であろうと見当を付けました。「ついまち札」とは何のことか分りません。したがって、読みにも自信が持てません。
いよいよ、電子ブック「広辞苑」の出番です。「ついまちふだ」で検索すると、該当するものがありません。「ついまち」+「札」と考えて、「ついまち」で検索すると、
つい‐まち【対待】物干竿を渡す二本の柱。
という、見当違いの語句がひとつ表示されました。そこで、見出し語の中から最後に「……札」のつくものを探すため、「札】」で全文検索すると、出るは出るは……、180の語句があてはまりました。その中で「つ」から始る語句は4つ。結局、見つかりませんでした。
古文書の同好会で、「『ついまち札』と書いてあると思いますが、何のことか分りません」というと、「『広辞苑』に説明がありました」という人がいて、驚きました。あれほど探したのに……。
その人はパソコンは使いません。本の『広辞苑』を丹念に調べる人です。
つい‐まつ【続松】(ツギマツの音便)(1)松明(たいまつ)。(2)(歌の上の句に(1)の炭で下の句を書き継いだ伊勢物語の故事から) 歌ガルタや歌貝の、和歌の上下の句を合せる遊び。
これなら、文意に合います。「ついまち」ではなく「ついまつ」でした。脱帽、最敬礼です。
本で「ついまち」を探すときは、「つ」のページを出し、「つい……」から、「ついま…」に移り、「ついまち」にたどり着き、適当な語句がないと、その前後を再び調べ、「ついまつ」を見つけることになります。電子ブックでは、いきなり「ついまち」を見つけ、前後を見ることをしません。能率的ですが、遊び(余裕)がありません。
同様の例をもうひとつ……。ある寺に泥棒がはいり、仏具が盗まれました。その中に、
「一 同[しんちう] けぴやう 壱対
但シ高サ凡六寸位」 (右図)
とあります。真鍮製の、高さ20cm足らずの、対で使う仏具で、名前は「けぴやう」! 「けぴょう」で調べても電子辞書では分りません。ところが、前述の同じ人が、「花瓶」ですと、いとも簡単に?指摘されました。
け‐びょう【花瓶・華瓶】‥ビヤウ〔仏〕三具足(みつぐそく)・五器の一。密教で、花を供えるのに用いる壺をいう。ふつう金銅(こんどう)製で、模様のないものが多い。びょう。かひん。
なるほど、そのとおりです。
このような経験を2度もすると、色々と考えさせられます。
「ついまつ」が「ついまち」に表記がブレることは、それほど珍しいことではありません。ブレたとたんに検索不能になる電子辞書に問題がありそうですが、もっと問題なのは、能率一辺倒の、余裕のない私の姿勢かも知れません。反省。